バリウム地獄

 

私は前世でなんの罪を犯したんだ。

 

前世など全く信じていない私がそう思うほど、それは酷く不快な経験であった。

 

これは新たな拷問の手段なのかもしれないとまで思った。


ことの発端は数週間前、健康診断の案内を受け取った時にまで遡る。用紙に書かれた診断項目の最下部、バリウム検査にチェックをしてしまったことが全ての元凶である。

 


数週間前のことだったので、バリウム検査の存在など完全に忘れていたわけだが前日になれば流石に思い出さざるを得ない。

 


14時間前飲まず食わずで渡されたのは発泡剤と少量の水。なんだこんなもんか。しかし、それは悪夢の幕開けに過ぎなかった。


「1回で飲めないと2倍飲むことになってさらに苦しくなりますからね」


ナースはそう言った。恐怖が私を満たした。


そして渡されたのはビールジョッキほどの大きさのバリウム水。こんな量飲めるのかと思うほどの。見た目は白く濁っていて、ヨーグルトの上澄みみたいな感じだ。

 


ただし味はヨーグルトなんて可愛らしいものではなく、粘性のある白ペンキだった。ペンキなど飲んだことがないが、とにかく、人間が飲んでいいものではないことだけは確かだった。

 


1口飲んで絶望する。

 


コップにはまだ9割以上のバリウムが残っていたからだ。

 


何口飲んでもなくならない。地獄だ地獄。

 


吐きそうになり、涙を目に溜める私を、ナースは無表情で眺めていた。私は拷問に適しているとしか思えない代物を、視線を感じながら無理やり飲んでいたのである。

 


全部飲み干すとゲップを我慢してくださいと言われる。

 


この頃にはもうゲップのことなど考える余裕もなく、早くこの哀れな魂を地獄から解放してくれという気持ちでいっぱいだった。

 


私は台の上に今にも捌かれんとする鯉のように横たわり、馬鹿みたいにぐるぐると回った。台の上でのたうち回り上下左右に揺れながらも手すりを必死に掴んでいたその人間は、後に自らを地獄へと垂らされた蜘蛛の糸に縋ろうとする悲しき魂のようであったと回顧することになるのである。

 


ようやく地面が足につくと、古い私は死んでいた。生まれたのは地獄から生き返った新しい私であった。

 


しかし地獄の後遺症はそう簡単に消えるものではなく、水を飲むだけで吐き気に襲われるようになった。

 


真っ青になって口元を押さえる私にナース2号は言った。

 


これで検査は全て終了です。

 


グッバイ、バリウムヘル。

ネバーカムバックトゥミー、オーケー?

 


一件落着。

 


果たしてそうであろうか?

 


バリウム検査の副作用による死亡」

 

この見出しの記事を地獄からの生還者が目にするのは、20分後のことであった。

 


20分後に死ぬばす、1日目の開幕である。続編に乞うご期待を。

 


(完)